佐渡の史跡

2016年01月05日

順徳上皇火葬塚を管理していた真野宮へお詣り

真野宮

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。 

年末年始はバタバタしてしまい、ブログの更新も滞ってしまい不徳のいたすところでございます。そんな一年の始まりになってしまいましたが、このブログもしっかり更新していこうと思っております。 

さて、この真野宮周辺は春になると桜の名所として花見客が沢山訪れる所でもあります。初詣のお参りには多くの参拝客が訪れます。

真野宮はもともと真輪寺というお寺で、廃仏毀釈で真野宮と改称した神社です。順徳天皇を奉祀し、菅原道真・日野資朝を配祀しています。

真野宮

現在の社殿は1929年に建てられたもので、1942年の700年祭に鳥居、神橋、神門、社務所を新設して参道を広げ神域が拡張されました。社宝として順徳天皇御遺品だと伝わる短刀、硯、扇子、釣花生などが残っています。

真野宮

佐渡で順徳上皇の所縁のある地のひとつ真野宮へぜひ参拝に訪れてください。この真野宮の上には火葬塚である真野御陵があります。 

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sado_island at 11:40|PermalinkComments(0)

2015年12月19日

奈良の長谷寺を模した東光山清水寺(せいすいじ)

清水寺 救世殿

佐渡の新穂大野にある東光山清水寺 (せいすいじ)の掛け造り。京都の清水寺(きよみずでら)の舞台も掛け造りで、観光協会の説明書きなどでも次のように表記されています。

大同3年(808年)開基。賢応法師が京都から佐渡に布教にきた際に「こんな遠い島国から都の清水寺までお参りに行くのは大変だろうし行けない人達のために」と京都清水寺を模して建立したと言われる。 

しかし最近の東光山清水寺の説明看板には、奈良の長谷寺を模した造りであると記載してあります。
確かに見比べると、京都の清水寺よりも奈良の長谷寺の方が酷似点が多いようです。 しかしながら、名前が一緒だということと、既に佐渡観光に於いては京都の清水寺を模したとの説明が蔓延しているので、払拭するのは難しいでしょうね。
清水寺 救世殿
 
この救世殿の中は、長谷寺の内部にとっても良く似ています。 
廃寺のような感じにはなっていますが、まだその当時の絢爛な造りは健在で、参道の杉並木の雰囲気もよく、魅力満載です。
 清水寺

路線バスだと少し歩かないと辿り着けませんが、とても魅力あるお寺清水寺に訪れてみてください。紅葉の時期や新緑の時期がおすすめです。 

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sado_island at 09:03|PermalinkComments(0)

2015年12月18日

新穂銀山百枚間歩を探訪

新穂銀山


新穂ダムに向かって車を走らせ、ダムの少し手前に新穂銀山の看板があります。佐渡は金山で有名ですが、実は銀の方が沢山採れたということをご存知の方は少ないようです。

ここ新穂銀山は別名滝沢銀山とも呼ばれ、まだ多くの謎があるのだとか。

新穂銀山

今回はいくつかの銀山跡地から百枚間歩を探訪します。
百枚間歩は新穂銀山の中でも岩盤が硬く、当時の坑道跡もしっかり残っている数少ないところ。新穂ダム手前を右に上がる道を暫く行くと、あと50mという看板を発見。

百枚間歩

獣道のような細い道をしばらく歩くと、標柱が立っていて、その横に坑道跡が見えました。流石に中に入ろうとは思いません。

新穂銀山百枚間歩

せっかくなので、フラッシュを焚いて、坑道内を撮影してみました。こんな狭いところを掘っていったんですね。。。サイズ感が伝わらないと思いますが、人一人ようやく歩伏前進が出来るかなぁといった感じの大きさです。

新穂銀山百枚間歩

相川の金山に比べると、観光向けという感じではありませんが、ちょっと変わった佐渡のスポットを目指したい!という方におすすめです。

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sado_island at 16:41|PermalinkComments(0)